Photo de l'auteur
295 oeuvres 584 utilisateurs 1 Critiques

Critiques

幕末から明治にかけての激動の時代を生きた剣客杉虎之助の生涯を描いた時代小説だ。巻末に著者自身があとがきとして書いているように、フィクションではあるが実在の数人の人物がモデルとなっているそうだ。物語の最後の部分は、池波正太郎自身の回顧録のようになっていて、著者が子供の頃可愛がってくれた近所のおじいさんのことが描かれている。多分そのおじいさんは実在の人物なんだろう。実際に幕末から明治への時代の変遷を目撃した人たちが、著者の幼少時にはまだ生きていたわけだ。そうした人たちの昔話をもとに著者が幕末を描き、それを現代の私たちが読んでいる。なんだか、歴史の変遷などという大げさなことではなく、幕末を身近に感じるから不思議だ。

池波正太郎は他にも幕末を描いた作品を出しているが、どういうわけかいずれも歴史を敗者の視点から見ている。この作品でも、杉虎之助はまず傾きゆく幕府の隠密に関わり、その後西南戦争に同行し薩摩軍が敗れる成り行きを見守ることになる。歴史というのは勝者の側から書かれるものだが、敗者の視点も面白い。勝者に都合の悪いことも見えてくるし、したがって全体像も見えやすい。

そんなことはともかく、この作品は単純に読み物としても十分たのしめる。幕末は、ただでさえ英雄豪傑を多く出した日本史上もっとも面白い時代の一つだが、これを稀代のストーリーテラーが語るのだから面白くないわけがない。学校の授業で歴史の表層をなぞって、年号と人名ばかり丸暗記していたのでは感じられない、生き生きとした時代を感じられる。
 
Signalé
Fion | Jun 9, 2011 |